ベルリン訪問レポート

今回は本間玲子さん(りょうちゃん)からベルリン訪問についてのレポートが届いています。

りょうちゃんは、チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムのファシリテーターでもあり、セブン・ジェネレーションズのイベントのコーディネートを担ってくれたり、SDGs(国連の持続可能な開発のための2030アジェンダ)の認知を広めるためのカードゲーム(SDGsゲーム)のファシリテーターをしています。

ご存知のようにベルリンは第2次世界大戦後の東西分裂を象徴する都市であり、またナチス政権のホロコーストによる犠牲者の存在を留めている街です。そして21世紀に至って新たなイメージを築いてきました。

以下、りょうちゃんからのベルリンレポートをお読みください。

【傷口をそのまま見せること。そして、ベルリンで思ったこと】

私はこの5月に初めてベルリンを訪問しました。

その時に見たこと、聞いたこと、思ったことをご報告します。

皆さんは、ベルリンと聞いて、何をイメージしますか? ベルリンの壁をイメージする人もいるかもしれませんし、ベルリンフィルハーモニーをイメージする人もいるかもしれません。あるいは、そのどちらでもないかもしれません。

私にとってベルリンは、「ベルリンの壁」であり、分断の象徴でした。 そして、実際に行ってみて、以前のベルリンは「冷戦の象徴」でしたが、いまのベルリンは「平和の象徴」なんだと思いました。

街に出ると、トラムやバス、自転車で人々は忙しく自由に移動し、過去に壁があった場所は観光地になり、世界中から多くの人たちが訪れ、笑顔で記念撮影をしています。

そして、カフェや歩いている人たちから、様々な言語が聞こえてきます。英語、ドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語、etc。そして、近くの公園では、鳥のさえずりや子どもたちの笑い声が聞こえます。歴史的建造物も少しありますが、新しい高層ビルが立ち並ぶ大都市です。他のヨーロッパの街に比べると建物が新しいものが多いので、戦争で焼けてしまったのかもしれません。

かつて、第二次大戦後のベルリンはアメリカ合衆国・イギリス・フランス・ソビエト連邦(ソ連)の4か国によって分割統治されていました。

【チェックポイントチャーリー】

ここは第二次世界大戦後の冷戦期においてドイツ・ベルリンが東西に分断されていた時代に、同市内の東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれていた国境検問所で、今では米軍のコスプレした人がいて、観光客の記念撮影に応じていました。「チャーリー」は特定の人名などに由来するものではなく、日本語でいうならば単に「検問所C」のような意味合いに過ぎないらしいです。

【テロのトポグラフィー】

ここは、ナチス政権の本部跡地です。

この跡地に何を建設するか長い間議論がされたそうですが、最終的にできた建物は訪れた人々に余計な印象を与えないようシンプルで控えめに、できるだけ歴史に干渉しないデザイン。

ドキュメントセンターの建築デザインのコンセプトは「開かれた傷口」。

跡地にきらびやかな建物を建てて歴史の傷口をふさいでしまうより、歴史そのものに目を向けてもらおうという狙いがあるらしいです。

【イーストサイドギャラリー】

これは、壁が崩壊した後、世界各国のアーティスト118人が壁に絵を描き、文化財として保存されているオープン・ギャラリーです。 「自由」や「ユートピア」をテーマにした作品が多く、その中でもユーモラスなものもあれば、深く考えさせられるものもあり、とても見応えがあります。観光客はそれぞれお気に入りの絵の前で記念撮影をしていました。長さ1,316mは世界最長、101面の大きな壁面に描かれた作品を無料で見ることができます。1961年8月13日から1989年11月9日まで、約30年間存在していたベルリンの壁。壁のために犠牲になった人たちの数は、136人とされています。

【つまずきの石】

何気なくベルリンの街を歩いていると、道にこんなプレートが埋め込まれています。「Stolpersteine(シュトルパースタイン)」という真鍮のプレートで、「つまずきの石」と訳されていますが、本来の意味は「邪魔なもの」とか「障害物」だそうです。

大きさは10センチ角くらいの小さなもので、そこに、氏名、生年月日、強制追放された日、収容された収容所名等、そして、殺された日あるいは亡くなった日が彫られています。

そうです。

これは強制的にナチスに収容所に強制送還されて亡くなった犠牲者の記録です。

ガイドブックには載っていなくて、別の本で知ったので、探して歩いていたら、いたるところにありました。

これは、ベルリン生まれの芸術家グンター・デムニッヒさんが、ホロコーストによる犠牲者の存在をいつまでも記憶にとどめておくために、1993年から始めたプロジェクトだそうです。

具体的には、ナチス政権の犠牲になったユダヤ人、反体制活動家、同性愛者、ロマといった人々を弔い、記憶の忘却から防ぐために、彼らがかつて住んでいた場所に赴いて、名前、生れた年、死亡年とその場所が刻まれた10センチの正方形の石を、その町の協力を求めながら埋め込んでいます。

犠牲者の元の住所を探し当て、その場所に一人一人の名前と誕生年、強制送還された日を刻んで行くという途方もない作業を、今も続けているといいます。

埋め込む作業の様子の記事はこちら。

https://berlinhbf.exblog.jp/7333082/

石は犠牲者が捕えられるまで生活していた家の前の公道(歩道)に設置されるので、勝手に置くわけにはいかず、役所の許可を得なければなりません。さらに、現在その家に住んでいる人の反対もあり、これまでの道は平坦ではなかったようです。

このプロジェクトの特徴は、1つひとつの石にスポンサー(ドイツ語で“Pate”)が付いていることです。スポンサーは石1個につき95ユーロを支払い、その石に対して責任を持ちます。設置するだけで終わりではなく、定期的に掃除をしたり、磨いたりもするそうです。スポンサーは個人でも団体でもOKで、現在も募っているとのことです。

このようにユダヤ人街だったこの地区では、あちこちにこのプレートが埋め込まれているそうで、このプレートは、多くはドイツにありますが、オーストリア、ハンガリー、ベルギー、クロアチア、チェコ、イタリア、オランダ、ポーランド、ロシア、ウクライナなどヨーロッパ各地に5万個を超える数が埋め込まれたといいます。

日本にもあると言われますが、本当でしょうか?

グンター氏は「足許のこのプレートを見る者は、自然と頭を下げることになる。それは、とりもなおさず犠牲者に対して頭を下げることに他ならない」と語っているそうです。

帰国してネットでさらに調べていたら、2017年の11月ごろに、この「つまずきの石」の盗難が相次いでいるというニュースを見つけました。反ユダヤ主義的犯行の可能性も指摘され、地元社会に衝撃が広がっているそうです。

【虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑】

2005年に開設されたホロコーストで殺されたユダヤ人犠牲者のための記念碑です。設計したのはアメリカ・ニューヨーク在住のピーター・アイゼンマン氏。場所は、ベルリンの中心、ブランデンブルク門の近く、そして、米国大使館の隣という一等地です。

その場所に、無異質なコンクリートが迷路のように並んでいます。観光客でいっぱいのにぎやかなベルリンの中心にいながら、まるでここだけ異空間のような雰囲気が漂っていました。コンクリートの高さは、手前が低く、奥が高くなっていて、地面も所どころ波打っているので、まるで海の中に入っていく感覚です。奥に入れば入るほど、自分の背が埋もれてしまうので、周りの景色も見えず周囲の音も聞こえず、どの通路から人がやってくるのか、ぶつかってしまわないかと心配になり、速度を緩めて歩きました。ここで何を感じるかって?「廃墟にいるような不気味さ」でしょうか?そして誰もいなくなった的な。

(以下、Wikipediaより引用)

建設計画は統一前の1988年に、歴史家のエバーハート・イェッケルとジャーナリストのレア・ロッシュの呼びかけによって開始された[4]。しかし、慰霊対象者をユダヤ人に限定するのか、それとも、戦争犠牲者、シンティとロマ(ジプシーの自称)、同性愛者、強制労働者、障害者などの犠牲者全体を対象とするか、またなぜこのような巨大な記念碑を建設する必要があるのかで激しい論争が起きた。歴史家ジェルジュ・コンラッドは「ジェットコースターのように人々を不安と恐怖にさらすのは歳の市のようである。ドイツの荒々しい大きさにサイズを合わせたような記念碑は不要であり、むしろ殺されたユダヤの子どもに合う様なサイズにすべきだ」とその設計を批判し、さらに「建設資金は殺されたユダヤ人もまた喜んで遊んだり食事をしたり散策したりするような設備のために使われるべきだ」とした[5]。

1999年、連邦議会は、記念碑建設と財団設立を決定し、対象をヨーロッパのユダヤ人に限定することが可決した。のち、2003年4月から建設が開始されるが、コンクリートの液化装置と石碑の落書き防止に関わっていたDegussa社が、ナチス時代に強制収容所で使用されたチクロンBの製造会社の姉妹会社であることが判明し、同年10月に工事は一時停止される。建設責任者のレア・ロッシュは非難されたが、結局、Degussa社への委託は続けられ、同年末に工事が再開され、第二次世界大戦終結および強制収容所解放60周年、ドイツとイスラエルの国交樹立40周年である2005年の完成に至った。

【SNSへの写真アップでもよく炎上していたホロコースト記念碑】

ただ、ホロコースト記念碑と知らない人にとっては、広大なオブジェ群なので、たまにこういう写真がアップされて炎上されるそうです。歴史を知らず、罪の意識もない若い人たちが、どうして炎上したのかさえ分からないということもあるとか。

写真はチェックポイントチャーリー近くの露店で売られていたガスマスクっぽいアクセサリー。

【りょうちゃんの個人的な総括】

私自身は、歴史をリスペクトするのも大事だと思うけど、その傷を後生大事にとっておく必要はないと思っています。

次世代に、昔の人たちの生々しすぎる苦労とか痛みのバトンを渡す必要があるでしょうか?そのようなものはいくらでも情報として入ってきてしまうので、感覚がマヒしてしまうこともあるかもしれません。

頭で分かっても、身体で感じられなくなってしまうのです。

そっちの方が怖いと思います。

逆に、そんな過去が笑い話になるくらい、今が平和で平等な社会があることの方が大事だと思うのです。

そして、そういう社会をつくることが私たちの責任ではないでしょうか。

変えられない痛ましい「過去」ではなく、これから新しくつくる「未来」にフォーカスする。

そんな意図をベルリンで感じました。

それから、今回初めてベルリンを訪問して感じたのは、「ドイツ人の飾らなさ」。

シンプルを良しとし、過去の出来事に対する感情論を一切排除し、脚色せずニュートラルに表現する。そんなありのままの潔さです。

隠さない、あえて飾らない、そのまま真っ裸。

そして、評価・判断は見る人にゆだねる。

そういえば街を歩く女性も着飾っていないし(パンツルックが多かった)、正直ファッションセンスはないようです。ドイツ最大のKaDeWeデパートのショーウィンドウの飾りつけもセンスないし、味気ないのです。

そして、広告は文字だけで訴えるものが多く、絵とか写真は少ないので、おそらく聴覚優位の人たちが多いのだろうと推察します。だからこそ、音で表現するのに長けているので、文学や音楽の能力が非常に高い人たちでもあると言えると思います。

それに加えて、共通ルールは守るのが当然で、破ったら厳しい罰則を受けるのが当然という暗黙の了解がある。

さらに、徹底的に議論しあう国民性であること。この議論は、喧嘩とかお互いに傷つけあうものじゃなくて、逆にお互いを理解しあうための議論なのですが、日本人には馴染めないレベルの徹底的に重箱の隅をつついて論破するようなものです。でも、ユーモアも遊びもギャンブルも大好きな真面目で愛すべき人たちだなあと思います。

じゃあ、日本で同じことができるか?というと、個人的には、「恥」を嫌う国民性だから難しいと思うのです。

自分のミスは隠したいし、失敗したら村八分、即退場。とにかく組織的に隠す。なかったことにする。臭いものに蓋。

議論よりも、肌感覚が大事。だから居心地が良くないものには近づかない。理由は問わない。日本で起きている社会問題は、良くも悪くもこのような日本人の習性が原因だと思います。

でも、完璧で理想的な人間なんているでしょうか。「こんな傷もあんな傷もあるのよ、だって人間だもん」っていうのが人間らしさじゃないでしょうか。

でも、自分の傷を見るのは怖いし、しかもそれを他人に見せるのはもっと怖いですよね。安心して自分の傷に向き合い、癒し、満たす。そんなことができるようになると、楽に生きられるのになあって思います。

あなたはどんな未来を見たいですか?そして、その未来は、あなたの痛みとどのように繋がっているでしょうか?

以上

■本間玲子個人コラムWebサイト:

http://mbp-tokyo.com/coachingforleaders/column/68383/

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